多賀神社

常滑市苅屋洞ノ脇11(平成21年11月21日)

東経136度52分11.76秒、北緯34度51分8.98秒に鎮座。

 この神社は247号線・西浦南小東信号から南に140m、十字路を東にはいると50m先に鎮座しています。
 247号線からも県指定天然記念物となってる社叢の、こんもりとした森が見え、入口には神橋が架かり、一の明神鳥居・社号標が建っています。参道脇には「愛知県十勝地」碑があり、石段参道から続く平坦な参道には大正13年生まれの岡崎狛犬・立石・二の明神鳥居があり、境内へのちょうど中間辺りの右側には境内社・奥山半僧坊が祀られています。又 、参道は綺麗に整備・清掃され、途中から左側の社務所に向け白壁が続き清々しい佇まいを見せています。突き当たりには絵馬殿が有り、その前では氏子さん達による正月用の注連縄造りが行われていました。
 社殿はというと、参道突き当たり少し手前左に横向きに長床のような拝殿が建ち、全く独立した形で中門と幣殿・本殿が建立されています。その中門から連なる板塀左に富士浅間神社拝所と社殿、その又左に山神社拝所と社殿が祀られ、この社独特の配置となっています。
 この社の森は「愛知県十勝地」の県指定天然記念物社叢であり、特に境内にも聳える「オガタマの木」は大小60本以上も群生しているそうで、大変珍しく貴重な杜だそうです。
 又、一つ気になったのは、水鉢の前に置かれた焼き物の蟹と絵馬に描かれている蟹の絵で、この社とどういう因縁があるのか知りたかったのですが、残念ながら今のところ不明です。何方かご存じの方がいらしたら是非お知らせ下さい。

 御祭神:伊弉諾尊、木花咲耶姫命、大山祇命
 祭礼日:3月第3日曜日
 境内社:奥山半僧坊
 由緒:「お伊勢に参らばお多賀に参れ、お伊勢はお多賀の子でござる」と言われる滋賀県の多賀大社は全国的に有名ですが、ここ常滑市にある尾張多賀神社も厄年の方が多数参拝されます。この社に伝わる伝承によると「今から410年まえ「ホウゲンボウ」という多賀大社の関係者が大社火災の時、御神体を持ち出しこの社に祀って欲しいと依頼されたのだとか。その文書の内容が真実ならこの御神体は、多賀大社の410年前までの御神体で、大社の現在のものより古いかも。」となっています。そこで多賀大社の記録を見たところ、伝承よりは少しずれますが確かに元和元年(1615)に社殿焼失の記録があり、この伝承の真実性もあり得るかも知れません。(「常滑市といえば」参照)
 この社の創建は元和7年(1621)、近江の多賀神社から勧請されたといわれています。
 徇行記には「庄屋書上ニ氏神二社境内六反歩御除地、一社ハ富士浅間此社勧請ノ年紀ハ不詳、大永七年辛酉ノ勧請ナリ」とあります。(常滑市誌より)
 この社の「御祭神」案内では、この地には往古から富士浅間神社が鎮座、大永7年(1527)に社殿が再建されたと書かれてあり、後に多賀神社が勧請されたようです。

「県指定天然記念物 多賀神社社叢」「御祭神」案内 拡大写真はこちらで

社頭
入口の神橋と一の明神鳥居 社号標
「愛知県十勝地」碑 石段の参道
二の鳥居前にいる大正13年生まれの岡崎狛犬
狛犬の拡大写真はこちらで
(石工・吉川繁 大正13年(1924)正月建立)
二の鳥居前に置かれた立石
 
二の明神鳥居
参道の様子
参道途中、右側に祀られる「奥山半僧坊」
 
境内入口に設えられた手水舎と水鉢前にいる大きな蟹
絵馬にも蟹の絵柄が描かれていますが、この社と蟹は何か特別な結びつきがあるのでしょうか?
参道突き当たりに建つ「絵馬堂」と富士浅間神社大絵馬
この日は氏子さん達が集合して御神木や拝殿、社務所に張る注連縄造りをしていらっしゃいました。(因みに中門や拝所の太い注連縄は化学繊維で作られた既製品でした。)
拝殿
中門と幣殿
本殿
富士浅間神社拝所
富士浅間神社社殿
山神社拝所
山神社社殿
愛知県指定天然記念物・オガタマの木
御神木 蟹の図柄の絵馬