八王子神社

瀬戸市共栄通5-64 (平成27年1月4日)

東経137度04分32.23秒、北緯35度12分54.19秒に鎮座。

この神社は、名鉄瀬戸線・水野駅の南南東1km程の辺り、共栄通の街中に鎮座しております。

御祭神 天之忍穂耳命・天之菩卑能命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須毘命・多紀理毘賣命・多岐都比賣命・市寸嶋比賣命

由緒
当神社の創立年月は未詳です。記録としては、今村城主松原下総守源廣長(しもふさのかみみなもとのひろなが)公による、武運長久と五穀豊穣を祈願した、文明五年(一四七三年)本殿造営の棟札が残されています。
文明十四年、晶野村城主永井民部少輔との戦いに敗れ、廣長公は自刃し、城も無くなりました。それでも、八王子神社は、村の人々や慶昌院、歴代宮司に守られて今にあります。
「古事記」に、天照皇大御神と須佐之男大神(素戔鳴尊)が誓約(邪心が無いことの証明行為)をしたときに八柱の神が生まれたとあります。この八王子神社の御祭神がその八柱の神です。この神々は、日本の国を治める最初の神として、地上の悪神を鎮める神・農業(特に稲作)や漁業の神・交易や航行安全の神として、大きな存在感をもつている神でもあります。そして、天之忍穂耳命の子が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)で、その曾孫が神武天皇(初代天皇)であり、神話の世界と深く繋がった神社でもあります。
人は、両親の深い愛情による結実としての肉体に、産土の大神より霊魂を授けられてこの世に生まれてきました。即ち,生殖による肉体に神の息吹(魂魄)が授けられたのであります。それだけに、神様は、己が子供でもあるこの里の人々を絶えず見守っていていただけるのです。
神様の前に蹲り、祈願礼拝し、また、感謝の気持ちを申し上げるとき、神様も、必ずその心を受け止めてくださいます。それが、往古よりこの里の人々に崇められ、ここに鎮まっていられる産土神様だからであります。
参拝の栞 より。

参道入口と一の鳥居

参道

二の鳥居

社殿

拝殿

拝殿内部

本殿玉垣内の狛犬。拡大写真はこちら。
(年代不明)

本殿


稲荷神社

石祠