下中八幡宮

名古屋市中村区押木田町1-1 (平成24年4月29日)

東経136度51分41.79秒、北緯35度09分41.03秒に鎮座。

この神社は、名古屋駅の西2km程の辺り、住宅が立ち並ぶ中に鎮座しております。しかし、隣は押木田公園となっており、住宅地のオアシスと言った雰囲気となっています。貴重な緑を何時までも残して欲しいと思います。

祭神 應神天皇(誉田別命)・神功皇后(息長帯比賣命)
御例祭 二月十一日 龍神楠大神祭、八月八日 夏大祭、十月九、十両日 秋大祭

由緒
當、下中八幡宮は後白河天皇の保元元年(1156)鎮西八郎為朝の創祀に係る此の地方の古社である。元来此の地は往時東海東山両道の要衝に當り、為朝が平清盛mの専横を憤り且つ崇徳上皇を讃岐に遷し奉たことを慨き配所伊豆大島を脱出して尾張の國尾頭に来り、東海東山の諸源氏を糾合し平家追討の機を窺た頃の創建で、太閤豊臣秀吉の氏神様でもあったと傳えられ、寛永十三年(1636)の検地帳によると神田公田の定めがあったと言われる由緒深い宮である。
昔此の地方に疫病が流行した時、村民挙って當宮にその平癒を祈願したところ、御神威により忽ち全快したと言うことで、爾来例年大祭を行てその御神徳を仰いでいる。
現在では、家内安全、商売繁盛、厄除開運、交通安全等御神徳は宏大である。
社殿は創建以来歳月の経過と共に縷々修理が重ねられたが現在の本殿祝詞殿は昭和五年に、又拝殿は昭和四十六年に氏子崇敬者力を併せ荘厳に改築されたものである。當宮は古来八幡宮と申していたが、明治初年に至り八幡社と改稱された。然しその後氏子総意の念願が叶い、昭和五十八年九月神社本廳の認證を得て下中八幡宮と改められた。
境内由緒書き より

神社全景

鳥居と社号標

参道

拝殿

幣殿

幣殿両脇の浪速狛犬。拡大写真はこちら。
(明治43年(1910)5月建立)

本殿


龍神社

塩竈社